生まれたときから目が見えなかった俺は、小さいときからラジオやテープレコーダーといった電気製品に興味があり、3歳の時にはすでに家にあったテープレコーダーを自由に使いこなすことができた。
俺の両親は、そんな俺に「危ないから」とか、「こんな小さな子が機械なんか使えるはずが無い」などとは思わなかったという。
4歳のとき盲学校に入学してからもその興味は何時も機会ばかりだった。だから盲学校の幼稚部の教室に置いてあったステレオシステムも、すぐに使い方をマスターして遊んでいたぐらい、本当に機械が好きな子供だったらしい。その当時担任だったS先生の話によると、入学してから半年ぐらいの間に、教室にあったタイプライターとかその他いろいろな機械を壊したらしい。
俺が「無線」というものと初めて出会ったのは、俺が小額1年生だったとき寮の部屋でいっしょになった先輩が、同じように機械に興味のある人で、トランシーバーを持っていた人だったのだ。まあ、そのトランシーバーというのは、27MHz帯のおもちゃのトランシーバーだったが、その当時の俺にとっては、とても不思議で興味を引きつける代物だった。もちろん俺はそれを見て「俺もこんなのほしいなあ・・・」と思った。
その週の土曜日、家に帰った俺は、早速両親に「トランシーバー買って買って」と頼み込んだ。俺が買ってもらったトランシーバーは、「F1シーバー」という当時発売されていたものの中でも、比較的安価な代物だった。それでも2900円は、小学生が気軽に買える値段ではなかったのだが・・・。
そして俺は、そのときから「トランシーバー遊び」にはまりだしたのである。
友達も俺のトランシーバーを見て、なんだか面白そうだと思ったのだろう。何人かの友達が「俺と同じトランシーバー」を買ってきた。同じトランシーバーなのだからもちろん周波数も偏重方式も同じである。つまり、それをもっているひと、全員で交信ができたのだった。しかもおもちゃのトランシーバーは、2台セットで売られている。だから、小額部の生徒全員分のトランシーバーがあっという間にそろってしまったのであった。そのときを境に、寄宿舎小額部での「トランシーバーブーム」が始まった。
俺たちは放課後学校から帰ると、トランシーバーを使ったいろいろな遊びをやった。
警察ごっこ、ブザー信号遊び、スパイごっこ、先生追廻ごっこ、秘密基地発見遊び、消防車ごっこ、救急車ごっこなど、それはとても楽しい遊びだった。
そんな時、俺の部屋の先輩から、「高等部の先輩方は、もっと強力な無線を持っているらしい」という話を聞いた。
もちろん俺は、先生に相談して、高等部のお兄さん方のいる塔まで連れて行ってもらい、その「すごい無線」というものを見せてもらったのであった。もちろんそれを見た瞬間、「俺もこんなのやりたい!!」と思ったけど、なんだか免許が必要だと聞いて、かなりがっかりしたことを覚えている。
それが俺とアマチュア無線との出会いだった。